携帯型光合成蒸散測定装置LI-6400の手なづけ方

「第32回種生物学シンポジウム要旨 2001年2月」


はじめに
携帯型光合成測定装置を使えば,実験室内でも野外でも光合成速度や蒸散速度の測定が可能だ.付属の人工光源やCO2インジェクターを使えば,葉に当てる光やCO2濃度,温度,湿度を制御して,光−光合成曲線や葉内二酸化炭素濃度−光合成曲線(A-Ci曲線)の測定ができる.また,透明なチャンバー・トップを使えば自然光の波長に近い陽光ランプや自然光そのものを使って測定ができる.実験室内で光−光合成曲線やA-Ci曲線を測ることによって様々な環境条件での個葉光合成特性を把握できる.研究対象の植物の生育場所で光や温度,CO2条件を測ったデータがあれば,これらを組み合わせて,生育場所での光合成の積算量を推定することが可能になる.また,土壌の水分条件が異なる場合の光合成曲線を比較することによって,土壌水分がどのような過程で光合成活性や個体成長に影響しうるかということも解釈できる.野外で測定を行う場合には,目的に応じてCO2濃度を制御したり,外気をそのまま使う.チャンバーの向きは自由に調整できるので葉の自然な向きのままで測ることもできるし,常に太陽の方向に葉を向けてその時々の最大活性を把握することも可能だ(Muraoka et al. 1998, 2000;Matsumoto et al. 2000).

これらの測定は葉をチャンバーに挟めば簡単にできそうだが,最新式の測定装置だからといっても使用者が常に面倒を見なければ正しい測定はできない.以下に,Li-Cor社の携帯型光合成蒸散測定装置LI-6400を例に挙げて,測定手順を整理してみる.

1 光−光合成曲線の測定
光−光合成曲線とは,葉に照射されている光量子密度と光合成速度との関係を表す.だから光以外の要因である温度や湿度,CO2濃度はできるだけ一定にする.LI-6400では,温度の制御は操作パネルからできる.湿度の制御は,ドライアライトのボトルに付いているバルブを調節したり,システム本体に入れる空気を加湿して行う.加湿には,水を少量入れたガラスやプラスチック製のビンを通した空気をチューブで本体に送り込むことが最も簡単な方法だ(ビンのフタに直径3 - 5 mmのチューブが通る穴を2つ開ける.片方はビンの外から空気を引き込むためのチューブを通し,ビン内でのチューブの端は水に浸ける.他方のチューブは,ビン内の端はビン口近くに固定し,ビン外の端はシステム本体の外気取り入れ口に繋ぐ.これで,ビン内で加湿された空気がシステムに流れる.システムに接続したチューブをビン内の水に浸すと水が流入するので注意).

光−光合成曲線を測る際には,光を弱い方から徐々に強める,逆に強い方から弱めるという2通りの方法がある.しかし,暗い環境(例えば蛍光灯だけが光源になっている実験室内)におかれていた材料に突然2000 umol m-2 s-1もの強光を当てると,葉温が急激に上昇するので気孔は開かないし,強光阻害が起きる可能性もある.これでは健康な状態での光合成速度は測れない.生育場所で葉面の光量子密度が2000 umol m-2 s-1に達することはそれほど多くないからだ.演者が光−光合成曲線を得る手順を,陽当たりの良い場所で育った葉(陽葉)を例に紹介する.

まず最初に300 - 500 umol m-2 s-1の光を30分程度葉に照射する.この間は測定装置と材料を放っておくのではなく,常に光合成速度や気孔コンダクタンスの数値に気を配る.光を当ててしばらくすると,光合成速度や気孔コンダクタンスは上昇を始め,やがて数値は安定する.ここまでで30分から1時間ほどかかる.数値が安定したら葉に当てる光量子密度を少し増やす.最初に500 umol m-2 s-1で測っていたのなら,次には800 - 1000 mmol m-2 s-1を当ててみる.もし材料としている葉の光飽和点が500 umol m-2 s-1よりも高いのならば,光を強めると再び光合成速度や気孔コンダクタンスは上昇する.ここでまた平衡状態になるのを待つ.次に1500 - 1800 umol m-2 s-1程度まで上げて数値を取る.必要ならばさらに光を強める.ここまでで光−光合成曲線の光飽和点より少し下から飽和域までのデータが取れたことになる.日陰で育った葉(陰葉)や水ストレスにかかっている陽葉を材料にする場合には,これらよりも弱い光量子密度で測る.

これ以後は,段階的に光を弱めていく.特に100 umol photons m-2 s-1以下の弱光域では10 umol photons m-2 s-1程度の小さい間隔で測定点を取れば光−光合成曲線の初期勾配を求める際の精度が上がる.最後の0 umol photons m-2 s-1での値は暗呼吸速度になる.暗呼吸速度は,葉に光合成をさせる前よりも後の方が高いことが多い.したがって葉に光合成をさせる前と光合成をさせた後に暗呼吸速度を測ってみてどの程度異なるかを把握することも大切だ.また,強光耐性が弱い葉では,強光条件から測定を始めると強光阻害が起きて光−光合成曲線の初期勾配が低くなってしまう可能性がある.以上のことを考慮すると暗呼吸速度から測り始めて徐々に光を強くしていくことが安全だ.ただしこの場合には,各光条件での待ち時間は長くなる.

ここで記したのは一例である.材料植物の種や生育場所の光環境によって葉の反応は異なるので,試験的にいくつかの方法で測ってみて,材料と目的に適した方法を探して欲しい.

2 葉内二酸化炭素−光合成曲線の測定
A-Ci曲線を測ることによって,気孔開度が光合成速度に及ぼす影響(Farquhar & Sharkey 1985)や葉の最大光合成能(活性)と環境条件との関係を知ることができる.A-Ci曲線も上述の光−光合成曲線と同様に,各CO2濃度条件で光合成速度や気孔コンダクタンスが安定するのに要する時間を探りながら測る.A-Ci曲線を測る場合には,チャンバー内の光や温度,湿度は一定に保ち,CO2濃度だけを変える.光強度は光合成速度が飽和するのに十分なレベルにする.温度や湿度の制御は上述の通りだ.最初に外気の濃度(約370 umol mol-1)で光合成速度と気孔コンダクタンスを測る.次にCO2濃度を変えるのだが,高い濃度から下げていく方法と低い濃度から上げていく方法の2通りある.どちらの方法でもデータは取れるが,葉に供給するCO2濃度が高いほど気孔コンダクタンスは下がる傾向にあることと,CO2濃度が低い条件で強光が当たっていると強光阻害が起きやすいことを考慮することも必要だ.気孔が閉じやすい葉や一度閉じたら開くのに時間がかかる葉を材料にする場合には,低濃度から測るのが良いだろう.筆者はまず外気CO2濃度条件で測り,そこから0 umol mol-1まで下げ(CO2濃度調整をOFFにする),100 umol mol-1程度の間隔で上げながら測ることが多い.

LI-6400を使って低いCO2濃度で光合成速度を測定する場合には,チャンバーのガスのリーク(漏れ)に注意する.リークは,チャンバー内外のCO2分圧に大きな差がある場合に無視できない問題になる.特にチャンバー内CO2濃度を200 umol mol-1以下に下げる場合には,システム外のCO2を引き込みにくくするようにチャンバー全体をビニール袋で覆うなどの工夫が必要だ.また,呼気が入らないように測定者はなるべく風下に立つ.システムと材料の全体をファイトトロンに入れて,そのCO2濃度を制御するのも良い方法だ.

3 測定中の注意点
以上の要領で測定は可能だが,測定中の注意点を挙げておきたい.第一に,システム内にゴミが入らないようにすること.葉の裏には小さなゴミや土が付着していることがある.このままチャンバーに入れると,内部でゴミが外れてガス検出器を汚染する可能性がある.また野外では,本体電源スイッチ脇の外気取り入れ口から土埃が入り,チューブが詰まることがある.外気取り入れ口にフィルターを付けると良い.野外の開けた場所で測る場合には,システム本体に直射光が当たると温度が上がったり,液晶画面が変色するので日除けを用意する.

自然光を使って測る場合には,チャンバー内およびその脇の光量子センサーに対して測定者自身が影を作らないように注意する.三脚を使わずにチャンバーを手で持って測定する場合には,測定者はチャンバーよりも低い位置に屈む.

野外ではしばしば湿度が高すぎて「High Humidity Alert」が出ることがある.エラー表示が出たらリファレンスおよびサンプル・ラインの相対湿度表示を見比べる.サンプル側の数値だけが高い場合には,葉の表面に水滴がついていることが考えられる.早朝だと朝露が残っていることが多いが,たとえそれを拭き取っても,目に見えない水滴が残る.このような場合にはチャンバーから葉を出し,しばらく乾かしてから測定を再開する.リファレンスおよびサンプル・ラインの両方ともに相対湿度の値が高い場合には,ドライアライトの容器についているバルブを「SCRUB」側に回す.ドライアライト用のバルブを大きく動かした場合には,測定再開前にマッチングをする.

光−光合成曲線やA-Ci曲線は前述のようにして測れるが,測定中には表示されるデータを頻繁に確認する.LI-6400は光−光合成曲線やA-Ci曲線を自動的に測れるプログラムを持っているが,これは使うべきではない.材料の植物種,葉の生育環境,植物体の状態(水ストレスの程度など)によって,例え同一の環境条件下であっても光合成活性や気孔コンダクタンスは大きく異なるし,また定常状態に達するまでの時間も変わるからだ.初めて携帯型測定装置を使う人は,光合成速度の表示値だけにとらわれがちである.しかし,光合成速度は,葉が与えられている光や温度,湿度,CO2濃度はもちろん,植物体全体の水分条件や温度条件の影響を受ける.乾燥していたり温度が高ければ気孔は閉じ気味になるので,光合成速度は上がりにくい.「葉にとっては良い条件をシステムで設定しているのに気孔コンダクタンスや光合成速度が低い」という場合には,その葉が着いている植物体の様子を確認する.

気孔コンダクタンスや蒸散速度が異常な数値を示しているのにも関わらず光合成速度は「ありそう」な値を示していたり,表示される値のどれか一つでも異常だったら,正しい測定はできていないと判断してシステムに異常がないかを確認する.明らかに異常な数値はわかりやすいが,微妙な判断は慣れるまではなかなか難しいかも知れない.この判断を助けるのが,文献に載っている測定値だ.自分の材料に近い種を使った文献があればそれが最も参考になるし,そうでなくても同じ科に属していたり,生育環境が似ているような種のデータも参考になる.文献のデータを参考にする場合には,もちろん光合成速度だけでなく,その時々の測定条件や気孔コンダクタンス,蒸散速度などにも目を通す.文献を探して目を通すのは一苦労だが,自分が取ろうとしているデータで何を言えるのかということを考えるのに大変に参考になる.

おわりに
携帯型の光合成測定装置の登場により,近年では個葉の光合成速度や蒸散速度の測定は簡単になった.しかし光合成の測定と一言で言っても,「何を,何のために測るのか」という研究上の問題設定によって,材料の選び方,材料に供する環境条件,測定機器の設定などが異なる.機材があるから測る,でのはなく,知りたいことがあるから測る,という状況が望ましい.また,文献(Field et al. 1989;寺島 2001など)を参考にして,測定原理を学ぶことも必要だ.

参考文献
寺島一郎(2002)駒嶺穆 総監修,佐藤公行 編。朝倉植物生理学第3巻「光合成」朝倉書店

Farquhar, G.D. & Sharkey, T.D. (1985) Stomatal conductance and photosynthesis. Ann. Rev. Plant. Physiology 33:317-345

Field C.B., Ball J.T. & Berry J.A. (1989) Photosynthesis: principles and field techniques. In: Plant physiological ecology; field methods and instrumentation. Chapman and Hall, London.

Matumoto J., Muraoka H. & Washitani I. (2000) Ecophysiological mechanisms of an endangered species Aster kantoensis to withstand high light and heat stresses of the gravelly floodplain. Annals of Botany 86:777-785

Muraoka H., Takenaka A., Tang Y., Koizumi H. & Washitani I. (1998) Flexible leaf orientations of Arisaema heterophyllum maximize light capture in a forest understorey and avoid excess irradiance at a deforested site. Annals of Botany 82: 297-307

Muraoka H., Tang Y., Terashima I., Koizumi H. & Washitani I. (2000) Contributions of diffusional limitation, photoinhibition and photorespiration to the midday depression of photosynthesis in Arisaema heterophyllum in the natural high light. Plant, Cell and Environment 23: 235-250





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