■ 植物標本作製法

−軽井沢サクラソウ会議「植物標本作りプロジェクト」へ参加希望者のための簡単マニュアル−


ここに書いた方法はひとつのガイドラインと考えてもらえばよく,全部を厳守しなければならないようなものではありません.みなさんがやりやすい方法で標本を作ってもらえばいいと思います.ただし,一般の人に「乱獲」や「盗掘」と誤解されるような行為や,法律・条例などの規則に触れるような行為は絶対にしないようお願いします.




◆ 植物の採集 ◆

標本を残すためには,まず植物を採集しなくてはなりませんが,むやみに「植物を採ってくればいい」と言うものではありません.最終的に台紙に固定してさく葉標本が完成したときのことを考えて植物を採集してください.以下にいくつかの注意点を箇条書きにしておきます.

1) 採集しても良い場所かどうかを確認する
 道路脇の雑草を採集するなどの場合はあまり気にしなくてもいいと思いますが,自分の所有地以外の場所では基本的に地主(個人や法人の場合もあるし,町や県や国の場合もあります)に許可を得なければなりません.採集しても良いかどうかを必ずチェックしてください.
2) 採集しても良い種かどうかを確認する
 絶滅に瀕している希少種は,採集した標本がわずか1点だったとしても,それがきっかけで地域から絶滅してしまう可能性があります.あまりに希少な種については採集を控えなくてはなりません.また,長野県の指定種(52種)は,無許可での採集ができませんので,指定種リストを確認してください.たとえばサクラソウやルリソウなどが含まれています.そのほかレッドデータブック(RDB)に掲載されるような種については,採集するときは必要最小限にとどめましょう.
 なお,長野県の指定種については「長野県の希少野生動植物の保護対策について」のページの「規制の対象となる動植物について」から植物の「指定種及び指定理由一覧表(PDF形式)」をダウンロードすると詳しく書かれています.
3) 他のメンバーがすでに採集していないかをチェックする
 めずらしい植物を採集するときにとくに注意しなければならないのは,自分では1個体しか採集していなくても,このプロジェクトの他のメンバーがすでに採集していれば複数の個体が採集されてしまうことになる点です.採集する植物をなるべく最小限の個体数で済ませるためにチェックリストを作ってあります.こまめにアップデートするつもりですので,めずらしい植物を発見したときは,他のメンバーがすでに採集していないかどうかをリストでチェックしてください.リストは5つありますので,「シダ植物のチェックリスト」,「裸子植物のチェックリスト」,「被子植物単子葉類のチェックリスト」,「被子植物双子葉類(離弁花)のチェックリスト」,「被子植物双子葉類〔合弁花)のチェックリスト」を使ってそれぞれ確認してください.
4) 採集する時期
 植物が生育している時期ならいつでも構わないだろうと思われるかも知れませんが,なるべくなら花がきれいに咲いている時期か,または果実がよく熟している時期に採集しましょう.当然ですが,種類によって採集に適した時期が異なりますので,ときどき採集に出かけましょう.
5) 採集する植物の大きさ
 その植物の標準的なサイズのものを採集しましょう.台紙に固定することを考えると,あまり大きくない植物を採りたくなりますが,図鑑などの解説は標本に基づいて書かれるわけですから,極端なサイズの標本ばかりが多くなると図鑑などの記述が不正確になってしまいます.逆に,たくさんの標本を採るときはいろいろなサイズの植物を集めます.軽井沢サクラソウ会議ではむやみに採らないよう配慮していますので,標準的な大きさの植物を採集しましょう.
 草本植物ならなるべく根から引き抜いて採集しましょう.草丈が1mもあるとちょっとためらいますが,標本にするときに何回か折り曲げて固定すれば台紙に収まりますし,場合によっては何枚かの台紙に分けて固定しても構いません.また,希少種と判断されるような多年生草本植物については地上部だけの採集にとどめましょう(翌年も生き残るように根を残す).
 木本植物なら枝先から,または花や実を着けている枝の周辺の50cmくらいを採集しましょう.矮性の低木なら草本植物と同じように根から採集する方が良いでしょう.

◆ 植物の乾燥 ◆

 採集した植物は紙に挟んでぺっちゃんこに乾かします.樹木の枝,大型の草本の根,球根,芋などはぺっちゃんこにはなりませんが,水分がほとんど無くなるまで乾かしてください.要領は以下の通りです.

1) 台紙の大きさに納める
 最終的に完成した標本は,ぺちゃんこに乾燥した植物が紙テープを使って台紙に貼り付けられますから(固定),植物標本はその台紙に入る大きさになっていなければなりません.採集した植物は乾燥させる前に大きさを整えましょう.
 たいていの台紙のサイズは新聞紙1/2面ほどの大きさです.従って標本を採集した段階で,新聞紙1/2面の大きさになるように折り曲げて乾かします.簡単に言えば古新聞を準備し,まず半分に切断しておきます.新聞紙1枚はたいてい両面印刷で4面分の記事が掲載されていますから,半分に切断すると言うことは両面で2面分,片面なら1面分の大きさに切っておくということです.それを二つ折りにし,その間に植物を挟んで圧力をかけながら乾かすと,台紙1枚に入る大きさに乾かすことができます.なお,乾燥してからでは植物を折り曲げることができないので,必ず乾燥する前に折り曲げましょう.
2) 採集した植物の情報を記録する
 標本で最も重要なことは「情報がしっかり記録されている」と言うことです.採集した植物を挟んでいる新聞紙に油性のマーカーペンなどできちんと採集の状況を記録しましょう.最低限必要な情報とは,採集日,採集者,採集地ですが,そのほかに採集地の環境(林内,草原,路傍など)や,緯度・軽度の情報など,参考になることは何でも書いておきましょう.なお,新聞紙に書くかわりに,適当な大きさの別の紙に情報を書いて植物と一緒に挟んでおいても構いませんが,植物と記録紙がばらけたときにわからなくなってしまうと言うリスクがありますので,新聞紙に直接書くことをお勧めします.
3) 乾かす
 1面分の新聞紙を二つ折りにして間に植物を挟んだ後は,圧力をかけながら乾燥させる必要があります.植物を挟んである新聞紙には標本の重要な情報が書かれていますので,これはずっと最後まで使います.植物を挟んである新聞紙の上面と下面の両側に乾いた乾燥用の新聞紙を入れて,サンドイッチ状態にしてください.何点もの標本があるときは,乾燥用の新聞紙,標本を挟んだ新聞紙,乾燥用の新聞紙,標本を挟んだ新聞紙,乾燥用の新聞紙と重ねてください.その標本サンドイッチをベニヤ板2枚に挟んでクランプ(万力)で締め上げておくと水分が新聞紙に吸い取られて,植物体はぺちゃんこに押しつぶされていきます.数日間は乾燥用新聞紙を毎日取り替え,その後は様子をみて乾ききっていないものだけを挟んでおけば良いでしょう.完全に乾ききって,パリパリになれば完成です.シシウドやウバユリなどの大きな草本植物では相当の日数が必要となりますが,根気よく乾かしてください.標本を完全に乾かさないと,カビや腐敗の原因になります.
4) 保管
 乾いた植物はデータの書かれている新聞紙ごとしばらく保管してください.大きなビニル袋などに入れ,せっかく乾燥したものが湿気を吸わないようにしてください.シリカゲルなどの乾燥剤を入れておくと、より一層良いかも知れません.また,ビニル袋に家庭用の防虫剤(パラジクロルベンゼンなど)を2,3個放り込んでおくと良いでしょう.なお,乾燥剤と防虫剤を一緒にいれると化学変化を起こす組み合わせがあるかも知れませんので,乾燥剤をしばらく入れて完全に乾ききった後に防虫剤を入れると良いかも知れません.

 

◆ 植物の同定 ◆

 植物の鑑定のことを「同定」と言います.図鑑を持っている人はぜひ同定にチャレンジしてください.

1) 図鑑を準備する
 現在最も普通に用いられている図鑑は,平凡社の「日本の野生植物」シリーズと,ちょっと古くなってしまいましたが保育社の「原色日本植物図鑑」シリーズです.そのほかにもポケットサイズのカラー図鑑などが出版各社から発行されています.お小遣いに余裕のある人は「日本の野生植物」シリーズの図鑑を手に入れると良いでしょう.なお,シリーズ全部をそろえると10万円以上かかってしまいますので,手始めにそろえるなら草本の3冊か木本の2冊を手元に置いてみてはいかがでしょうか? なお,平凡社の「日本の野生植物」シリーズには草本編と木本編にかぎりポケット版が出版されています.こちらは使っている写真がまったく同じでコンパクトになっていますが,記載がほとんどありませんから,他社のポケットサイズの写真図鑑と同様のものと考えてください.
2) 同定する
 同定の作業は,植物が生きているうちでも,採集した直後でも,植物が乾燥してからでも,どの段階でも構いませんが,生きているうちの方がわかりやすいかも知れません.どんな図鑑を使ってもよいのですが,図鑑の記述(記載という)をしっかり読んでください.逆に言えば,「写真と見比べて似ているかどうかで種を決めないでください」と言うことです.とくにポケットサイズの写真図鑑では掲載されている種数が限られていますし,植物の特徴も簡単にしか記載されていません.きちんとした図鑑を引きこなせるようになるには,かなりのトレーニングが必要になりますから,自信がなければ同定作業は詳しい人に任せるのが賢明かも知れません.
3) 和名と学名の記録
 まちがいなく同定ができましたら,標本を挟んだ新聞紙に和名と学名も書き写してください.このとき気をつけなければならないことは,図鑑に書かれている学名を正確に写し取ることです.学名ではピリオドひとつにも意味がありますので,図鑑通りに書かなければなりません.普段使っている学名は,基本的に「属名」+「種名」をイタリック体で記されていることが多いわけですが,標本のラベルを作るときは命名者の部分まで正確に記載します.したがって,種同定が終わったら「属名」+「種名」+「命名者」を正確に書き写してください.
4) 台紙に固定してラベルを添付する
 台紙に固定する作業とラベル作成は津田がまとめて実施することにしようと考えていますが,台紙への固定作業だけはプロジェクト参加者で分担してもらうかも知れません.ラベルについては,標本が当面のあいだ岐阜大学に保管されますので,岐阜大学のパソコンの標本リストに登録するのと同時にラベル作りも津田がまとめておこなうことにします.

◆ チェックリスト ◆

 繰り返しになりますが,くれぐれも植物の無用な採りすぎ(乱獲)にならないよう,下記のチェックリストによって既採集か未採集かを確認しながら植物採集をおこなってください.

1) チェックリスト(1)シダ植物
2) チェックリスト(2)裸子植物
3) チェックリスト(3-1)被子植物単子葉類
4) チェックリスト(3-2-1)被子植物双子葉類(離弁花)
5) チェックリスト(3-2-2)被子植物双子葉類(合弁花)