種生物学会編(村岡裕由・可知直毅 責任編集)
文一総合出版
光と水と植物のかたち
植物生理生態学入門


光と水と植物のかたち 植物生理生態学入門
種生物学会 編  【責任編集 村岡裕由・可知直毅】
A5判 320ページ ISBN4-8299-2176-5
定価(本体3,800円+税)

目次

はじめに:植物の生きざまを見てみよう(村岡裕由・可知直毅)
序章 植物生理生態学が目指すもの(村岡裕由・彦坂幸毅)

第1部 光合成をささえる「かたち」
 第1章 光をもとめる植物のかたち:枝葉の空間配置と光の獲得(村岡裕由)
 第2章 群落の光合成:葉の集合としての群落,個体の集合としての群落(彦坂幸毅)
 第3章 葉の光合成:葉の内部の光環境とCO2環境(寺島一郎)
 第4章 地球環境変動と植物:高CO2環境への応答(小池孝良)

第2部 植物の生活をささえる「かたち」
 第5章 植物の水利用:明るい環境では根を増やすわけ(谷 享)
 第6章 器官間のバランスと成長:茎と根から陸上植物の生活を理解する(舘野正樹)
 第7章 植物の分布を分ける生理的制約:進化生態学との接点(久米 篤)

第3部 植物の生理生態学特性の測定法
 III-1 植物にとっての光環境の測り方(村岡裕由)
 III-2 光合成機能の評価1:CO2ガス交換(村岡裕由)
 III-3 光合成機能の評価2:クロロフィル蛍光(彦坂幸毅)
 III-4 光合成機能の評価3:炭素安定同位体(半場祐子)
 III-5 植物の水利用の評価1:陸上植物と水(石田 厚・谷 享)
 III-6 植物の水利用の評価2:水ポテンシャルと通導性の測定(谷 享・石田 厚)

付 録
 用語対照表
 事項索引
 生物名索引


はじめに:
植物の生きざまを見てみよう
−植物の生理生態とは−

 植物の生きざまをより深く理解するためには,「かたち」を単なる外部形態として,写真を撮るように捉えていてはいけない。彼らの「かたち」は生物進化の産物であり,その「かたち」の適応的意味こそが,彼らの生きざまを理解する鍵なのである。そして植物の「かたち」に隠された適応的機能を見出し,植物の生きざまを理解する手段が植物生理生態学なのである。植物生理生態学は,植物の「かたち」をささえる構造と機能を生理学的あるいは物理化学的な制約に照らして,矛盾なく説明しようと試みる。

 陸上植物のからだは,基本的には,光合成する葉,植物個体を固定し水や養分を吸収する根,植物体全体を支え,水や養分や光合成産物を各器官へ相互に輸送する茎からできている。植物体は,これら異なった機能を担う器官を連結させた構造をとる。また各器官は,様々な役割を担う組織を複雑に組み合した構造を示す。さらに組織は,細胞を単位として,積木を重ねるような構造をもつ。細胞,組織や器官の構築様式には,それこそ無限と言ってよいほどの可能性があるだろう。その無限の可能性の中から,植物の生存に不可欠な光と水と大気をめぐって,より適応的な機能を発揮した構造が,現在,私たちがみる植物の「かたち」なのである。

 このような植物の「かたち」は,かれらが生きていくうえでどのような意味をもつのであろうか。本書は,その疑問に答えるべく,植物が備えている構造と機能が織りなす姿,つまり彼らの「かたち」を解析する生理生態学的視点とその手法を紹介した入門書である。

 本書は大きく分けて3部からなる。第1部・第2部は,植物生理生態学の実際の研究成果を紹介しつつ,植物の「かたち」を探る。そして第3部は,前2部の研究実施に不可欠である各種測定法を具体的に解説する。したがって,第1部・第2部と第3部を,必要に応じて読み合わせ,植物生理生態学研究の実際をより深く理解していただきたい。

 第1部『光合成をささえる「かたち」』では,植物の成長の基礎となる光合成とその資源である光や二酸化炭素(CO2)に焦点を当て,植物の光合成器官の異なるスケール(葉,個体,群落)のそれぞれの「かたち」が資源の獲得と利用に果たす役割について紹介する。

 第1章「光をもとめる植物のかたち:枝葉の空間配置と光の獲得」では,まず,植物がどのような光環境のもとで暮らしているかを概説する。植物の生育場所によっては,そこで得られる光が,十分な光合成を行うに足りない場合もあるし,逆に強すぎて光合成システムに傷害をもたらす場合もある。光不足な環境に生育する植物は,少しでも光合成量を増やすために,また,少しでも強光ストレスを避けるために,どのように葉を並べているのだろうか。ここでは,ふだん私たちが目にする植物個体の「見た目」のかたちがもつ機能を,形態や光合成の測定,それらの関係をモデルシミュレーションした解析例を挙げながら紹介する。

 第2章「群落の光合成:葉の集合としての群落,個体の集合としての群落」では,いわゆる「草むら」である密生した草本群落に焦点を当てる。群落全体の光合成量は,個々の葉がどれだけ光合成できるかに影響される。また個々の葉の光合成量は,個々の葉がどれだけの光を受け取れるかによる。この章ではまず,群落を構成する数多くの複雑に入り交じった葉のそれぞれが置かれる光環境や光合成量に注目する。さらに,光合成反応に重要な役割をもつ窒素は,群落の中でどのように分布しているのかに着目して群落の光合成を検討する。次に群落を個体の集合として捉え,異なる個体の葉の位置関係が,互いが受け取る光の量と光合成量を介して,その個体の成長量に与える影響を評価する。そして,群落の中での光をめぐる個体間の競争を,受光量に大きな影響をもつ葉の角度の付け方の効果に着目して考察する。

 第3章「葉の光合成:葉の内部の光環境とCO2環境」では,ふだんは見ることができない,葉の中で生じている現象を紹介する。光合成速度は,光合成システムの本体である葉緑体に届く光の量とCO2濃度に依存する。第1章と第2章で述べるように,1枚の葉,そしてその葉に含まれる数多くの葉緑体が利用できる光の量は無限ではなく,多くの場合は不足している。すなわち1枚の葉ができるだけ高い光合成速度を実現するためには,一度捕らえた光を効率良く使うことが必要である。光ばかりかCO2も決して十分とは言えない。現在の大気中のCO2濃度は約370ppmと言われている。しかし,このCO2濃度を保ったままの空気が葉の中に取り込まれることはなく,葉内に取り込まれる空気のCO2濃度は,気孔と呼ばれる穴の開き方に応じて低下する。気孔を開いておけばCO2は入りやすいが,逆に植物体内の水分が出ていきやすくなり,植物は水不足の状態に陥る。すなわち植物は,このジレンマを乗り越えるべく,葉内に取り込むことのできたCO2をできるだけ効率よく葉緑体に運ぶしくみを持たなければならない。この章では,葉の中に並ぶたくさんの葉緑体にとっての光環境とCO2環境について,最新の知見を交えて解説する。

 第4章「地球環境変化と植物:木本植物における高CO2環境への応答」では,地球温暖化の最も大きな要因として知られる大気中のCO2濃度の増加が,植物の光合成機能や成長にどのような影響を及ぼすのかを紹介する。CO2は光合成の重要な資源だが,果たして濃度が増えれば単純に光合成量や植物の成長が増えるのだろうか。植物の機能は,温暖化でどのような影響を受け,またどのように応答するのだろうか。それは,どんなしくみによるのだろうか。このような問題への取り組みは,生態学の重要な社会的役割にもなってきた。これから生理生態学を学ぼうとする読者諸氏には,社会にかかわる問題として読んでいただきたい。

 第2部『植物の生活をささえる「かたち」』では,植物の光合成生産と成長に大切な水や栄養塩,温度の問題を扱う。ここでは特に根と茎の機能(水と栄養塩の吸収と輸送)が,葉の光合成生産や,植物体の成長,そして個体の分布をいかに支えているかを読みとっていただきたい。

 第5章「植物の水利用:明るい環境では根を増やすわけ」では,時間的・空間的に異なる光環境に対応して変化する水分条件に,植物がどのように対処しているのかを紹介する。植物は,光合成産物という資源を,各器官に分配しながら成長する。光が豊富な場所では,一般的に,土壌は乾きやすく,また,植物体の温度も上がりやすくなるので,植物体の表面から失われる水分量は増える。これは植物にとって大きなジレンマである。なぜなら,豊かな光量によって高い光合成生産が実現できる可能性があるのに,光合成器官である葉を数多く,あるいは大きくつくれば,おのずと根の発達に必要な資源量が減少するからだ。根の十分な発達は,日向の乾いた土壌では必要不可欠である。このように,植物の体制上の制約としての植物個体内の資源配分にトレードオフがある条件で,植物はどのように光獲得と水吸収のバランスを取っているのだろうか。

 第6章「器官間のバランスと成長:茎と根から陸上植物の生活を理解する」では,植物体を根・茎・葉で構成される連携システムとして捉えた場合の茎や根の役割について考える。茎は葉を支えるのと同時に,根で吸収した水や栄養塩の供給経路である。植物が低温にさらされて茎の中の水が凍結してしまうと,葉は枯れてしまう。ここではまず茎の内部構造と水輸送のしくみが植物の季節を通じた生活に及ぼす影響や,種分布に及ぼす影響について検討する。そして次に,根の機能が葉の光合成能力に及ぼす影響を見ながら,草と木の違いについて考えてみる。

 第7章「植物の分布を分ける生理的制約:進化生態学との接点」では,植物が備える光合成能力や水分生理,温度に対する反応性が,植物の分布にどのように影響するかを紹介する。植物個体(個体:遺伝的でなく生態的問題なので,個体としました)は生き残るために,葉や茎や根の構造と機能を生育環境に適したものに調整する能力(表現型可塑性:序章で解説)をもつ。しかし時として,生育環境の温度や水分,積雪などの条件は,その調整能力を超え,植物の成長を大きく制限する。これらの環境条件は,具体的にどのような生理生態的過程で植物の成長や分布を制限するのだろうか。この章では,植物の光合成生産量と環境条件との関係に着目して,近縁種の分布の説明を試みた例を紹介する。そして生理生態学的な視点が,植物の分布をどのように説明するか考察する。

 第3部『植物の環境と生理的機能の評価:その原理と手法』では,第1章から第7章までに紹介した研究に用いられた測定方法のうち,代表的な方法を取り上げ,その原理と手法を解説する。これらの解説では,多くの研究者の長年の蓄積による測定原理をなるべく平易に紹介することと,最新の測定機器の使用によって把握できる事柄の紹介を試みた。

 まず,植物の成長の基礎である光合成に大きな影響を及ぼす光環境の測り方を解説する(「植物にとっての光環境の評価」)。太陽から植物に降り注ぐ光や植物群落内での光を,いかに捉え,評価するかを具体的に述べる。次に,植物生理生態学的視点の基礎である光合成活性を評価するための3つの方法について解説する(「光合成機能の評価」)。ここでは最も基本的な測定方法であるCO2ガス交換による光合成速度の測定,クロロフィル蛍光による電子伝達活性の測定,炭素安定同位体比による葉内でのCO2の拡散や水利用効率の測定を取り上げる。最後に,「植物の水利用の評価」として植物の水分生理について解説し,その測定方法を整理する。

 これら測定方法の基礎的な部分が理解できれば,第1章から第7章までに述べられている植物生理生態学研究のイメージをより具体的に描くことができるはずだ。

 本書は,2001年2月に八王子大学セミナーハウスで開催された第32回種生物学シンポジウム「植物の多様な“かたち”と生理生態学」の講演内容をもとに,最新の生理生態学の入門書として使えるように解説を加えたものである。シンポジウムでは,本書第3部の測定機器の説明とデモンストレーションをプレシンポジウムとして開催し,夜遅くまで熱心な質疑応答が続けられた。もちろん,シンポジウム本編の講演会でも熱心なディスカッションが展開された。責任編集者である村岡は,シンポジウム後も多数の学生さんから本書の出版を急かされた。これらが,執筆および編集作業を進めるための貴重なモチベーションとなった。原稿の推敲段階では,種生物学会和文誌編集委員の方々に貴重な意見をいただいた。また編集作業において,丁寧な対応をしていただいた文一総合出版の菊地千尋さんには大変お世話になった。以上の方々に御礼申し上げる。

 本書では,細胞レベルから組織,器官,個体,群落,さらには種の分布に至るまで,様々なスケールにおける生理生態学的研究の最新の知見を紹介するように心がけた。実験手法は解剖生理学のような非常に緻密なものから,野外の生育場所での形態や生理的機能,成長の測定,さらにはモデルシミュレーションを使った解析にまでおよぶ。生理生態学が扱っている対象は,多くの場合,生理学的現象であり,これは目には見えない。目に見えないものを実感するのは容易ではなく,このため残念ながら植物生理生態学研究は,入門しにくい分野であったと言えよう。しかし本書では,「かたち」,すなわち構造と機能をキーワードに,一般読者や,生理生態学を志す読者にも,研究の具体的イメージをもってもらえるように配慮し編集したつもりである。本書を読むことによって,遺伝子解析では知ることができない,光と水と大気に育まれる植物の,隠された生きざまが見えてくるようになれば幸いである。

2003年3月
村岡裕由(岐阜大学流域圏科学研究センター)
可知直毅(東京都立大学理学研究科)


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