研究テーマについて

 

IPCCの最初の報告書(1990)では、化石燃料の使用によって大気中に放出される二酸化炭素の約30%が行方不明とされた。このミッシング・シンクの探索が、1990年代において陸上生態系(特に森林生態系)の炭素循環研究を世界中に広めるきっかけであった。岐阜大学高山試験地(高山サイト)での微気象学的なタワーフラックス観測はすでに10年を越え、ハーバードフォレストと並んで冷温帯の森林生態系の炭素循環研究の代表的なサイトである。微気象学的な手法は、森林と大気との間の二酸化炭素交換量を推定するものであり、高山サイトでは平均(1994-2003, Saigusa et al., 2005)で 1 ヘクタールあたり、一年間に 2.37 トンもの炭素を吸収するという。

 

それでは、吸収した炭素は有機物として生態系のどこに蓄積しているのだろうか?このことが、私が現在、取り組んでいる仕事である。一般的に若い森林は炭素の吸収能力(生態学的にはNEPと呼ぶ)が高いと言われており、これは炭素が生長の良い樹木の幹にどんどん貯まっていくことを意味している。しかし、高山サイトは世界の森林の中でもかなり高い炭素吸収量を持っているにもかかわらず、ここ数年間では枯死が多く、森林バイオマスはほとんど増加していない。生きた生物(バイオマス)の炭素量が変化しないとすれば、炭素は死んだ生物(ネクロマス)に貯まっていると考えざるを得ないだろう。炭素がバイオマスに貯まっているか、ネクロマス(腐植やリター、CWDなど)に貯まっているかは、生態系による炭素吸収能力の違いを説明する上でも、温暖化したときの生態系の応答を考える上でも、非常に重要なことである。

研究は、現在高山サイトだけにとどまらず、白山山麓のブナ−ミズナラ原生林や石垣島のマングローブ林へと広がっている。300年を超えるブナ−ミズナラ原生林のバイオマスは非常に大きく、巨大な林冠木の枯死と樹木の成長がバランスしてバイオマス自体はほぼ平衡に達していると考えられる。この場合、NEPを制御しているのは巨大なCWDプールとその分解速度で有り、CWDがバッファーとなって土壌へ炭素が溜まっていくのであろう。一方でマングローブ林は全く異なった生態系である。石垣島はマングローブ林としてはかなり北に位置しているが、バイオマスも大きくNPPもマングローブ林としては平均的な値である。
 

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