小清水原生花園における耕し処理による植生の変化

植生学会第5回大会(高知,2000)

安島美穂(東京女子大学文理学部)
津田 智(岐阜大学流域環境研究センター)


 北海道東部小清水町のオホーツク海岸には,小清水原生花園と呼ばれる海岸草原が広がっている.この草原は,かつてはエゾスカシユリ,エゾキスゲ,ハマナスなどが一面に咲く美しい景観を呈していた.しかし近年では,牧草類の繁茂,美しい花を付ける植物の減少げ顕著になってきた.その原因として,社会経済情勢の変化に伴い人為的攪乱(馬の放牧や蒸気機関車の火の粉による野火など)が排除されたことが考えられている.すなわち,小清水原生花園は人為的攪乱の影響をうけた半自然草原と考えられている.そこで,かつての美しい景観の復元のために,食性の人為的管理方法の模索が続けられており,1990年から火入れ実験や放牧実験などが行われている.本講演では,実験的な攪乱の一つとして耕し処理をおこない,その後成立した植生について報告する.
 海岸草原内に以下の5つの処理区画を設けた.耕起をおこなった区画(P区),地上部の刈り取りとリターの除去をおこなった区画(M区),火入れをおこなった区画(B区),火入れと耕起をおこなった区画(BP区),無処理の区画(C区).各処理は2000年5月初旬に,植生調査は2000年7月下旬と8月初旬におこなった.植生調査では1m2中に生育している植物の個体数(ラメット数)を種子発芽個体と栄養繁殖個体に分けて数える方法を用いた.
 耕し処理による植生の変化は,大きく2点認められた.1点目はナガハグサ,ヤマアワ,オオウシノケグサなどのイネ科草本の個体数の減少である.これらの生育個体は,ほとんど全てが栄養繁殖個体だった.また春先,他の草本に先んじて成長を開始するため,処理時にはすでに地上部の成長が始まっていた.栄養成長開始後の地上部の損失や地下茎の切断が,その後のシュートの再生に影響をおよぼしたものと考えられる.2点目は種子発芽個体の増加である.オオヨモギとナミキソウは処理の種類に関わらず,処理区ではC区と比べて種子発芽個体が多かった.シロツメクサとシロザは耕し処理(P区・BP区)で,キジムシロは耕し処理と刈り取り処理(P区・M区・BP区)で,それぞれ種子発芽個体が多かった.これらの種は,いずれも調査地の土壌中から埋土種子が検出されており,処理によりもたらされた環境条件により発芽可能になったものと考えられる.特に耕し処理をおこなった区画では,栄養繁殖個体の減少により競争が緩和され,発芽個体の定着率も高くなったことが予想される.また,耕し処理区で多数の種子発芽個体がみられたシロツメクサとキジムシロの種子は,土壌中では地表面付近よりもむしろ地下6-10cm付近に多数の蓄積があった.これらの種では,耕起に伴って多数の種子が地表面付近に移動し,それらが発芽したことで個体数が増加したと考えられる.
 耕し処理は,原生花園の植生回復における目的の一つである牧草類を減少されることには有効であった.しかし,エゾスカシユリなどへの処理の影響は今回の実験では明らかにならなかった.また,今回の処理区で今後植生がどのように変化していくかも観察をしなくてはならない.これらの点を考慮した,処理の効果がより多面的に明らかになるような実験と調査がさらに必要である.



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