History


研究室年表

2016年4月

 藤田裕一郎先生、河川功労者表彰を受けられる。

2015年3月

 藤田裕一郎先生、岐阜大学フェローの任期を終えられる。

2015年1月

 ホームページのリニューアル。

2014年12月

 原田守啓准教授が河川工学分野の担当として着任。

2014年6月

 斎藤琢先生、流域圏科学研究センターの植生生理生態研究分野に着任(助教)。研究室を去られる。

2013年4月

 玉川一郎先生、教授に昇任。

2013年3月

 藤田裕一郎教授御退職。岐阜大学より名誉教授称号を授与され、同時にフェローに就任される。

2011年4月 水系動態研究室のスタート

 藤田研究室と玉川研究室が連携し、水系動態研究室としてスタート。

 大橋慶介先生、工学部の流域水文学研究室に移動。研究室を去られる。

*2つの旧研究室は合併後も、河川工学分野、水文気象学分野として各研究室の形態を残しており、緩い連携状態であった。

2007年4月

 大橋慶介先生、岐阜大学工学部社会基盤工学科に着任(助教)。

2006年9月

 高濱淳一郎先生、京都府立大学に着任(助教授)。研究室を去られる。

2005年4月

 斎藤琢先生、岐阜大学流域圏科学研究センターにCOEスタッフとして着任。

2005年3月

 藤田研究室が工学部E棟から総合研究棟(F棟)に引っ越し。

 2002年4月 

 藤田裕一郎先生、岐阜大学工学部から、流域圏科学研究センターに着任(教授)。

 玉川一郎先生、岐阜大学工学部から、流域圏科学研究センターに着任(助教授)。

*このころ、藤田研と玉川研はゼミを合同で行うなどの連携を行っており、これが現在の水系動態研究室の基本形となった。

1999年4月 玉川研スタート

 玉川一郎先生、岐阜大学工学部に着任(助教授)。

1999年3月 田中祐一郎先生の退官に伴い、藤田先生が河川工学研究室を引き継ぐ。

 河川工学研究室を主宰されていた田中祐一郎教授が御退官。

1998年

 高濱淳一郎先生、岐阜大学工学部に着任(助教)

1995年 藤田研スタート

 藤田裕一郎先生、岐阜大学工学部に着任(教授)

*岐阜大学河川工学研究室は、河村三郎岐阜大学名誉教授(1994年3月退官)が創始され、その後、故・田中祐一朗先生(1999年3月退官)に引き継がれた歴史ある研究室です。上記の年表は、藤田裕一郎岐阜大学名誉教授(2013年3月退職・2013/4-2015/3岐阜大学フェロー)が岐阜大学に来られた時点から、関係するスタッフの去就を中心に示したものです。


岐阜大学における河川工学研究と研究室の沿革

*以下の文章は、藤田裕一郎先生が「電力土木」(2007年5月号)に寄稿された記事から、研究室の沿革にあたる部分を抜粋したものです。当時の研究室は、流域圏科学研究センターの藤田裕一郎教授,工学部社会基盤工学科の大橋慶介助教,工学部技術専門職員・ものづくり技術教育支援センター技術室長の水上精榮氏の3名のスタッフで構成されていました。

岐阜大学における河川工学研究を語る場合,工学部長を務められた岐阜大学名誉教授河村(こうむら)三郎先生のご業績や指導力の高さを感じずにはいられない.先生は,コロラド州立大学において移動床水理学分野で修士号を取得されて以降,その研究を継続され,名著「土砂水理学Ⅰ(森北出版)」を世に送られるとともに,中部地域における洪水・土砂災害研究を主導され,また,財団法人リバーフロント整備センターや同水源地環境整備センターの分室や,独立行政法人土木研究所自然共生研究センターを岐阜の地に引致されるなど,全国に先駆けて,国や県の実務者と協働して自然共生の川づくりを進められてこられたことでも著名である.さらに,極めて早い時期から水工学の教育・研究にマイクロ・コンピュータやパーソナル・コンピュータを導入され,藤田一郎氏(現神戸大学)や中谷 剛氏(現アジア航測)とともに,「パソコンによる水理学演習(森北出版)」を著され,同時に画像処理技術などを流れ観測に応用されている.先生は1994年のご退官後も引き続き,自然共生工法の啓発普及・人材育成・工法評価を備えた岐阜県自然工法認定制度を立ち上げられ,また,洪水土砂災害の防止にと,現在も活発に実務者の指導に当たられている.

河村先生のご退官後は田中祐一朗教授が河川工学研究室を引き継がれ,現在の河川工学研究室は,田中教授退官後を受け継ぐ形で1999年に発足しているが,研究室の形態は,その後,近年における大学改革の流れの中で大きな変化を余儀なくされている.すなわち,国立大学法人化を待たないで進められた2002年の工学部と流域環境研究センターの同時改組による流域圏科学研究センターの設立に伴い,それまでの“学科>大講座>小講座(研究室)”という形態から,先に紹介したように,当研究室は,3名の構成員の所属が全て異なるという独特の形態となり,その研究体制の下で,河村先生が築かれた学統を引き継ぐべく,努力精進を重ねている.

(引用終わり)