令和元年台風19号による大水害について

投稿者: | 2019-10-14

10月12日から13日にかけて台風19号によって中部から東北にかけて多くの河川が氾濫し甚大な浸水被害が発生しています.被害に遭われた方に深い哀悼の意を表します.まだ自宅の二階などに取り残され救助をまっておられる方,避難されている方,救助や復旧にあたっておられる方,皆さまのご無事を祈ります.被害の全容が明らかになるまでに相当の時間を要すると思われますが,自分自身なぜここまで大きな被害が発生してしまったのか,川に長く関わってきたものとして非常に強い衝撃を感じており,現時点で分かる情報から何が起こってしまったのかを考えています.

気象庁によると、台風19号の12日夜までの48時間雨量は、神奈川県箱根町で1001・0ミリに達し、静岡県伊豆市で760・0ミリ、埼玉県秩父市で687・0ミリを記録。それぞれ観測史上1位を更新した。24時間雨量では、宮城県で600ミリ近く、福島県で400ミリを観測した地点もあり、東北の17地点が記録を塗り替えた。

大雨で急な増水に耐えられず、各地で堤防が決壊。国交省によると、13日午後4時現在、千曲(ちくま)川(長野市)や久慈川(茨城県常陸大宮市)など6県で、国と県が管理する21河川24カ所の堤防が決壊した。国管理の24河川、都道府県管理の118河川でも水が堤防を越えたという。

ダムの貯水量が急増して決壊するのを防ぐための緊急放流も12日夜から13日未明にかけて、長野、茨城、神奈川、栃木、福島の5県6カ所で実施された。

国交省北陸地方整備局によると、千曲川では13日午前2時15分ごろから堤防が壊れ始め、朝方にかけて決壊したとみられる。広範囲に水があふれ出し、多くの住宅が浸水した。北陸新幹線の保守点検を担うJR東日本の長野新幹線車両センターも浸水し、車両計10編成が水につかった。
朝日.comの記事より引用)

1.なぜ台風19号はここまで強い勢力に発達したのか.

真っ先に思い浮かぶ疑問は,なぜ台風19号はここまでパワフルだったのか.こんな台風がまた来るのか?という点です.台風19号は日本南海上で中心気圧915hPaにまで発達しました.最大風速65m/秒を超える台風をスーパー台風と呼ぶそうですが,台風19号の最大風速は60m/秒程度で,ほぼスーパー台風(カテゴリー5 スーパータイフーン SSHS)に匹敵する強さでした.

Wikipedia 令和元年台風第19号

最近は気象の専門家も増えており,この台風がなぜこれほどまでに強大化したのかについては専門家によってのちのち詳細な分析がなされると思いますのでその情報を待ちたいと思いますが,一般論として,台風のエネルギー源は水蒸気(が凝結する際に放出する潜熱)であり,今回の台風は,日本の南に広く広がった水温30℃近い暖かい海面温度の海域を通過する間に,多量の水蒸気を集めて急速に大型化・強大化しています.気象庁の海面水温実況図(10月9日の図を以下に示す)によれば,先週の日本近海の海面温度は,1981年から2010年の平均値に対して2℃くらい高めであったことが分かります.

 

また,国際気象海洋株式会社のウェブサイトから台風19号の経路図を示します.

 

上の気象庁の図と合わせると,今回の台風19号が平年より暖かい海をずっと通ってきていることが分かります.太平洋高気圧が東側にいて,これを回り込む形で沢山の水蒸気を補充できるルートを通って日本に接近してきたことが分かります.岐阜大学の吉野純先生のご研究によると,台風の進路は様々な要因の重ね合わせで決まるようで,吉野先生の見解も近々伺ってみたいと思っています.

気候変動(地球温暖化)は,気温の上昇ととらえられがちですが,地球上の大気よりもはるかに大きな熱が海に蓄えられており(海洋への熱の蓄積について 気象庁 図1に注目),海が温まってきていることがそもそも日本で豪雨が増加してきている元凶であることを理解しておく必要があります.こんなとてつもない台風が今までよりも高い頻度でやってくるようであれば,日本の国土管理のあり方や一人ひとりの暮らし方から見直さないと,とても安心して住める国ではなくなってしまいます.

2.台風被害に関する事前の情報提供は十分だったか.

平成30年7月豪雨をもたらした梅雨前線や,台風が気候変動によって強大化しつつある傾向についてはさまざまな研究が進んでおり,既に起こってしまった気象現象について後から分析することも大事なのですが,防災の観点からは,事前に警鐘を鳴らすことができるかどうかが,被害を軽減する上で非常に重要です.

今回の台風については気象庁がかなり早めから警戒を呼び掛けており,その脅威が早くから様々なメディアで流されていました.昨年9月に東海から関東で風害をもたらした台風24号(チャーミー),今年9月上旬に千葉県に大きな風の被害をもたらした台風15号(ファクサイ)の印象がまだ強い中にあって,事前の情報提供や鉄道の計画運休なども早めに発表されていました.タイミングという意味では現在可能なベストエフォートに近い早さで警戒が呼びかけられていましたが,果たしてここまで大きな被害が出る可能性がどこまで予見されていたのかについては,疑問が残ります.気象予報は数値計算によって行われていますので,これに川の流出解析を組み合わせれば,どの川にどれくらいの流量の洪水が流れうるか,ある程度の不確実性をはらみながらも予見できていたのではないでしょうか.

気象庁は今回の台風について「狩野川台風に匹敵する」という表現で強い警戒を呼び掛けていました.狩野川台風は昭和33年台風22号で最低気圧877hPa,最大風速75m/秒と評価されるとんでもないスーパー台風で,静岡から神奈川,東京にかけて大きな被害が出ています.1300人近い死者も出てます.しかし,ひょっとして「狩野川台風か…狩野川は静岡の川だから,静岡が危ないんだね(関東,東北は大丈夫)」と考えて,警戒を緩めた人がいても不思議ではありません.なんせ昭和33年(1958年),60年前の災害ですから…

Wikipedia 狩野川台風   災害をもたらした気象事例 狩野川台風 気象庁

つまり,観測技術や数値予報の精度が上がってきたことによって,洪水や風害などの気象災害をある程度予見することが可能になりつつある際に,これを誰がどのような形で社会に呼びかけるか,という課題があるように感じられます.具体的には,気象庁だけの課題ではなく,気象庁が行った数値予報を用いて例えば国土交通省が洪水予測を行い,それがとても致命的な結果を示していた際に,それをどのように避難指示を実際に出す市町村長に伝えるか,市町村長は不確実性のある予測情報をどう避難に活かすか,という課題かと思います.

3.河川による浸水被害を生じた地域を広域的に眺めた際の傾向

報道(最初に引用した記事)されているだけで144河川(国管理24,都道府県管理118)で氾濫,うち堤防が決壊したのは6県21河川24箇所とされており,過去に経験したことのないほど広域の被害が発生しています.

氾濫予報で”洪水発生情報”が出た河川の一覧と時刻を列挙します.
(10/13朝時点と10/14朝時点の情報を合体)(右の水系名は原田が追加)
宇多川 宮城・福島 10/12 21:10 (二級河川宇多川)
秋山川 栃木 10/12 21:10 (利根川水系渡良瀬川支川)*
多摩川 東京・神奈川 10/12 22:20 (多摩川水系本川)
田川 茨城・栃木 10/12 22:30 (利根川水系鬼怒川支川)*
新田川 福島 10/12 22:30 (二級河川新田川)
荒川 栃木 10/13 0:20 (那珂川水系支川)*
夏井川 福島 10/13 0:40 (二級河川夏井川)
永野川 栃木 10/13 2:00 (利根川水系巴波川支川)*
千曲川 新潟・長野 10/13 3:25 (信濃川水系本川)
蛇尾川 栃木 10/13 4:25 (那珂川水系箒川支川)*
高麗川 埼玉 10/13 4:50 10/13 21:40 (荒川水系支川)*
都幾川 埼玉 10/13 4:50 10/13 21:40 (荒川水系支川)*
小畔川 埼玉 10/13 4:50 10/13 21:40 (荒川水系越辺川支川)*
越辺川 埼玉 10/13 4:50 10/13 21:40 (荒川水系支川)*
入間川 埼玉 10/13 4:50 10/13 21:40 (荒川水系支川)*
久慈川 福島・茨城 10/13 5:20 (久慈川水系本川)
竹林川 宮城 10/13 9:40 (鳴瀬川水系吉田川支川)*
吉田川 宮城 10/13 9:40 (鳴瀬川水系支川)*
釈迦堂川 福島 10/13 13:20 (阿武隈川水系支川)*
笹原川 福島 10/13 13:20(阿武隈川水系支川)*
松川 福島 10/13 13:20(阿武隈川水系支川)*
摺上川 宮城・福島 13:20 (阿武隈川水系支川)*
広瀬川 福島 10/13 13:20 (阿武隈川水系支川)*
阿武隈川 宮城・福島 10/13 13:20 (阿武隈川水系本流)

今回の台風によって氾濫が生じている河川は,関東平野の西縁から北縁の河川が多く,これらは大変長い時間,台風19号による雨が降り続いた地域に位置しています.

(注:被害の報告はまだ増加している.国交省の被害状況等の最新情報はこちら

国土交通省のXBAND気象レーダーの画像をDIASXRAINリアルタイム雨量表示・ダウンロードシステム(利用申請が必要)でアニメーション化して眺めてみたところ,今回の雨は「台風本体が遠くにあるうちから降り始め,雨脚が強くなってから延々と同じ地域に雨が降り続ける」という特徴がありました.台風の接近に伴い,静岡の山地を乗り越えた雨雲が長野県側の千曲川の流域にも断続的に流れ込んでいました.

 

2019/10/12 13:40
台風本体が静岡の南海上にある12日昼時点で既に強い雨が関東平野とその辺縁の山地に降り注いでいる.

多くの河川が氾濫した埼玉に着目すると,11日の夜に降り始め,12日の明け方から雨脚が強くなり(時間20~50mm)断続的に強くなったり弱くなったりしてのが,12日昼前後には広い範囲で強い雨が降り続くようになり,夜8時から9時にかけて台風が上空を通過して夜中の10時頃に雨が上がっていました.これは,気象庁の観測記録から,埼玉県寄居観測所の1時間降水量のグラフを持ってきたものです.このデータのみに着目すると,この24時間で471mmの降水量がありました.

このような「台風本体が遠くにあるうちから降り始め,雨脚が強くなってから延々と同じ地域に雨が降り続けた」ことが大水害になった直接的な理由ではありますが,もう一つ注意すべきことは,もともとどれほどの雨が降る地域であるかということです.以下の図は,気象庁のウェブサイトからダウンロードできる,メッシュ平年値図のうち年降水量と10月の降水量の分布図です.
今回台風19号による大雨によって大水害を被った地域は,もともとあまり雨が降らない地域であることがわかります.年降水量は1000~1400mm程度(日本の平均は1800mm程度),10月の平均降水量は100~200mmの地域です.このように,本来であればあまり沢山雨が降らない地域に,台風が多量の水蒸気を含む空気を運び込み,長時間に亘って大雨を降らせたことが,大水害になってしまった原因であるといえます.

同様の構図は,平成28年8月の北海道豪雨災害にもいえます.本来台風が直撃することがない北海道東部に台風が直撃した結果,大水害が発生しました.このような,「もともと大雨が降らない地域の豪雨災害」が増えています.このような台風の強大化とコースの変化が,何によってもたらされているのかについては研究が続けられていますが,気候変動が進んだ際に,東日本から北海道にかけて豪雨が増える傾向は以前から指摘されていました.今回はまさにそれが現実化してしまったといえるかもしれません.


気象庁ホームページより年平均降水量
10月の平均降水量のマップはこちらより

4.もし溢れてなかったらどうなっていたのか?

氾濫が発生した河川が,大河川の水系のどのへんに位置していたかに着目する必要があります.
前に示した洪水発生情報のリストのうち,*をマークした河川は,全て大河川の支川にあたる河川です.もしこれらが氾濫することなく全ての洪水がより下流に到達していたらどうなっていたのか,考える必要があります.大河川の支流や上流が安全になれば,その地域に住まう方々にとっては朗報ではありますが,溢れる場所がより下流に移動するだけであるともいえます.

洪水が氾濫すると,下流に到達する洪水の量(洪水の流量,ボリュームの両方とも)が減少します.人工的な遊水地(渡良瀬遊水地など)は,あえて洪水を溢れさせることによって,下流に到達する洪水の流量とボリュームの両方を削りとっています.すなわち,上流で氾濫してくれたことで下流は助かっているという側面があります.

今回,氾濫が生じている河川の多くは,関東の大河川の支川です.もしも,支川で,上流であふれていなかったら,どれだけの洪水が下流に位置する大都市に到達していたか,そして,果たして何事も起こらなかったのか.このことも,検証されるべき論点かと思います.
また,幸いにして被害に遭わなかった方々は,上流で被害に遭われた方々に対して,他人事ではなく,同じ流域に住まうものとして最大限の支援をしていただけることを願います.

5.堤防の決壊(破堤)を生じた箇所の傾向

まだ詳細は分かりませんが,テレビ局のヘリコプターなどの映像からの印象ですが,堤防が決壊した箇所にはいくつかの特徴があるように感じられました.堤防が決壊すると甚大な被害が生じますが,比較的勾配が緩い河川と千曲川のような勾配がやや大きい河川では破堤点の特徴が違うように感じられました.これについても今後分析が進むでしょう.

・河川の合流点の近く,上流側(低平地の河川)
…長時間に亘って高い水位が継続,あるいは中小支川の堤防が先に決壊

・堤防の断面が小さい/高水護岸が整備されていない
…浸透,越水の両面から弱い状態であった可能性

・湾曲部の外岸(やや勾配が急な河川)…侵食,越水の両面から
・湾曲部外岸の橋台付近(やや勾配が急な河川)…侵食,越水の両面から

これらの弱点は一般的に言われていることと一致していますが,堤防の専門家らによって分析が進んだ結果,何かわかるかもしれません.
以前,淀川水系河川整備計画の策定に係る議論では,ダムを造らなくても堤防を強化すれば…といった提案もなされて大激論になっていましたが,現在の社会では,「ダムか堤防か」ではなく,「たとえ越水したとしても簡単には決壊しない」堤防が必要とされているように思われます.とはいえ何しろ日本の河川延長は合計で1万kmをゆうにこえています.堤防にどのような機能を求めるか,社会としてどこまでそれに投資できるのかが議論の対象になると思います.

6.なぜここまで多くの河川が氾濫してしまったのか.河川整備は効果的ではなかったのか.

過去の河川整備によって河川の洪水に対する安全性,つまりどれだけの流量の洪水を氾濫させずに流すことができるか,という点では過去と比べて現在ははるかに高い整備水準に達しており,ある程度までの外力に対しては市民生活や経済活動に影響が生じることなく,暮らすことができています.

日本の河川整備は,「〇年に一度の大雨(とそれによってもたらされる洪水の流量)」といった目標が河川ごとに設定され,都市部を流れる大河川では100年~200年に一度,県が管理している中小河川では10年~数十年に一度といった目標が設定されていることが多く,河道の整備に加えて洪水調節機能をもったダムや遊水地と合わせて目標とする洪水を流下させる計画になっています.河川改修を全く行わない場合の原生的な河川では2~3年に一度程度は川が満杯になる(あふれだす)ということが世界各地の河川の研究から明らかになっており,日本の河川は自然状態に比べればはるかに安全であるといえます.

しかし,本来は数年に一度くらい溢れるのが当たり前の川で沢山の洪水を流すために,日本の大部分の河川の平地を流れる区間では,川の両側に堤防を整備してこれによって洪水があふれるのを防いでいます.堤防はいわば「連続した土の壁」であって,鉄壁の防御力をもっているわけではなく,堤防の上を洪水が溢れるようになると溢れた水によって堤防の裏側が次第に削りとられる(越水破堤),たとえ溢れなくても川オモテ側の流れによって堤体が削りとられる(侵食による破堤),高い水圧によって堤防の中や堤防の下の地盤に水みちができて堤防が壊れる(パイピングによる破堤)ことによって,堤防は決壊することがあります.(地震によって地盤が液状化して堤防が崩れることもあります).堤防を水が越えてくるだけではそれほど大きな浸水は発生しませんが,堤防が決壊すれば,多量の水が一気に流れ込むこととなります.

洪水ハザードマップには,洪水時に堤防が決壊した際に想定される浸水深が,破堤地点をさまざまに変えて行ったシミュレーションや実績に基づいて示されていますが,これは複数のシミュレーションの結果の重ね合わせなので,実際の現象を直接的に表しているわけではありません.しかし,氾濫した水がどこに流れて行ってたまるのかは,概ね地形によって決まるものなので,堤防が決壊した際の浸水範囲は概ね洪水ハザードマップと一致すると考えられます.(注:近年河川管理者によって作成されている浸水想定区域図は,計画規模の洪水以外に,想定最大外力という,おおよそ起こりうる最大の豪雨を想定したものもあり,壊滅的な浸水被害が示されているが,過大評価傾向が指摘されている.計画規模の洪水の浸水想定と,想定最大外力の洪水の浸水想定を両方見ておくとよい.)

日本の河川の洪水に対する安全性は,主に堤防も含む河道整備と,ダム・遊水地等による洪水流量の調整の組み合わせで成立しているため,これらの想定を超えた雨の量とその継続時間によっては,今回のような大きな被害につながります.ダムの貯水容量の限度を越えれば上流から入ってくる流量をそのまま下流に放流せざるを得ず,河川からの溢水,堤防が決壊すれば一気に洪水が堤内地に溢れることとなります.つまり,河川整備によって確保されている外力(雨)の規模を越えない限り,非常に安全だが,それを超える気象現象によって,川から水があふれる,堤防が決壊するという事態になれば,概ね洪水ハザードマップに示されたような状況になることを理解しておく必要があります.

また,現在の社会に河川の洪水の流下に対する安全性を低下させる要因がないわけではなく,河川の流域の土地開発(例えば水田が宅地になる)は,降った雨が河川に流下する割合を増やしていますし,道路側溝や排水路の整備の結果,降った雨が河川に流れ込むまでの時間は短縮され,雨水が短時間に河川に集まることによって洪水のピーク流量が大きくなる方向に作用しています.つまり,河川の洪水に対する安全性は,河川だけの問題ではなく河川に雨水が流れ込む流域全体の問題であるといえます.流域の遊水・保水機能の維持や増進も目的とした対策をまとめて総合治水対策といいますが,どちらかというと河川整備やダム整備の影に隠れて後回しにされてきた感が個人的にはあります.流域毎に異なる気候・地形・土地利用などを踏まえて,総合治水対策を本気で議論すべき時期が来ているのではないでしょうか.

7.多くのダムが「緊急放流」操作を行った.ダムは役に立ったのか?

国土交通省によりますと、台風19号による豪雨で12日から13日にかけては各地のダムでこの操作が行われたということです。

「緊急放流」が行われたのは、▽茨城県北茨城市にある大北川の水沼ダム、▽茨城県常陸太田市にある久慈川の竜神ダム、▽栃木県那須塩原市にある那珂川の塩原ダム、▽神奈川県相模原市にある相模川の城山ダム、▽福島県いわき市にある鮫川の高柴ダム、▽長野県伊那市にある天竜川の美和ダムです。

これらの緊急放流について、国土交通省は「事前に関係機関を通じて下流の地域住民への周知をして実施した」としたうえで、「放流が原因で大規模な氾濫が発生したという事実は今のところ確認されていない」としています。 (NHKニュースWEBより

昨年の平成30年7月豪雨で,愛媛県の肱川での国管理ダム群(野村ダム,鹿野川ダム)で行われた緊急放流の際に河川の氾濫が生じ,氾濫による人命被害が出たことが大きな社会問題となりました.

治水を目的とするダムは,ダム貯水池より上流側から流入する流量に対して,ダム下流への放流量を操作することによって,下流に流れる洪水の一部(または全量)を一時的に貯水池にためることで下流の洪水流量を減らす操作をします.全ての洪水を溜め込むのではなく,下流の河道で安全に流すことができる流量を超える可能性があるなど,下流の水位を下げる必要があるときのみ,洪水の一部(または全量)をためることによって,洪水のピーク流量を削りとるピークカット操作を行います.

緊急放流(公式には特例操作のうち,異常洪水時防災操作をいう)は,ダムの貯水容量の限界を超え,ダム本体から水があふれたりそれによって放流施設が壊れることを回避するために,流入量を上回らない範囲の流量で放流を行う操作を指します.(ダムのせいで洪水が酷くなったという主張を聞くことがありますが,冷静に考える必要があります.)

なぜダム本体を水が越えるとマズイのか,土砂でできたダムであれば侵食されてマズイということは容易に想像がつきますが,コンクリートダムなら大丈夫ではないかと思われるかもしれませんが,コンクリートダムであってもダム堤体を越水するようになると最悪の場合,ダム堤体が浮力によって浮かび上がって壊れる(転倒する)可能性があるためです.普段のダムは,水をせき止める壁の形で水圧を受け止めていますが,もし,ダム堤体を水が乗り越え,ダム堤体全体が水の膜に覆われた状態になれば,ダム堤体は水没したのと同じ状況になり,上向きに浮力が働く状態になります.(かなり雑な説明ですが)また,放流量を操作できるようにゲートが付いた大型のダムでは,普段使っている常用洪水吐きと,洪水の放流に使う非常用洪水吐きが分かれていることが多く,また多くの場合,非常用洪水吐きはダムのてっぺん(クレスト)についています.もしもこの非常用洪水吐きが壊れてしまうと,満杯近いダム貯水池から計画以上の流量を無制限に放流することとなり,それこそ「ダムのせいで」洪水が酷くなってしまいます.緊急放流はこれらの理由で行われています.

緊急放流が複数のダムで実施されたということは,今回の気象現象が,計画の想定を超えた大雨を降らせた結果であることがまずいえます.問題は,どのように想定を超えてきたのか?(雨の強さ?継続時間?),緊急放流を必要とする事態が予見されていたのか?(気象予報との関係性),一連の雨と洪水の最中,ダムの操作は防災の観点から適切であったのか?(必要なタイミングでうまく機能していたのか,どれだけ時間を稼げたのか?),いよいよ緊急操作をせざるを得ない状況になることを想定してそれまでの操作がなされていたのか?(緊急放流を行う際に,下流の水位が下がってきていれば相対的に危険は減る),下流の住民の方々の状況に対して緊急放流のタイミングや事前周知は適切であったのか?という点です.
ダムによる洪水調整は日本の治水の要の一つであると同時に,まだ改善の余地がある分野であることは間違いありません.気候変動による豪雨の増加に対して,どこまで既存のダムの運用で改善できるのか,という点については近年研究が進められつつありますが,今回の一連のダム操作が適切であったのか,想定を上回る大雨が予想されたときに,どのようにダム操作すれば,より下流の安全性を高められるのか,という点は今後ますます重要な論点になっていくと思われます.

また,多くの市民の方がご存知ないこととして,川はダムだらけですが,ダムにはそれぞれ目的があり,治水(洪水調節)をするダムはその一部であって,とくに発電用のダムは,発電用の水をためるのが目的で洪水のときは何もしてくれないことが多いのです.治水ダム以外のダムが洪水調節に協力できる部分があるのかどうか,技術的な検討は必要ではありますが可能性は低くないと思われます.
ダムマップ (ダムをクリックすると,ダムの目的が見られます.(F)洪水調節と書いてあるダムは治水に関係するダム)

また,完成したばかりの利根川水系の八ッ場ダムがたまたま試験湛水(ダム貯水地が空の状態から満杯までためる試験)に入っており,利根川支流の吾妻川の洪水を相当量溜め込んで,おかげで利根川下流が助かったという話も聞こえてきています.個人的に八ッ場ダムには複雑な想いがありますが,もしも今回八ッ場ダムが完成していなかったら,あるいは完成していたとしても試験湛水のために空っぽ状態でなかったら,どんな被害があったのかは不謹慎ながら興味があるところです.(この話題は,必ず誰かが検証すると思います.)

8.これから一体,どうすればいいのか?

この数日間,「ではどうすれば良いのか」を一生懸命考えていますが,簡単な話ではありません.
少なくともいえることは,河川側での対策には限界があり,まだ改良の余地はいくつもあるものの,河川が氾濫した際に水に浸かる土地に,日本の大部分の人口と資産が配置されており,しかも河川が氾濫するような治水の計画を超える豪雨が発生する可能性は気候変動によって高まっているということです.
降った雨を流域で受け止め,浸透・貯留・ゆっくり流出させる総合治水対策はますます重要になります.流域の気候や地形,土地利用の特性に応じた総合治水対策とその効果の見積もりが必要となります.流域によっては総合治水が非常に効果的に作用するでしょうし,そうでない流域もあるかもしれません.
それでも,川は溢れるかもしれません.「川が溢れたとしてもダメージを受けにくい」社会に急速に変えていく必要があります.これは河川法による河川管理の枠組みのみでは難しく,地域として,個人としての受け止めが必要です.最近は,浸水にも強い家屋の開発が進められているようですが,もしも家を建てるなら,いますぐできることとして,少なくとも,水害の危険が高いと分かっている場所を開発して,宅地にするのだけは(あるいはそういう場所を新たに購入することだけは)やめましょう.住む場所は選べます.土地利用を変えていくことは,土地建物が不動産として大きな価値をもつとされてきた日本ではなかなか難しいように思われますけれども,国家百年の計として取り組むべき時節なのではないかと考えています.

ハザードマップポータルサイト
⇒ハザードマップの整備状況や市町村のハザードマップへのリンクがあります.
重ねるハザードマップ(計画規模洪水の浸水想定区域を表示した状態)
⇒地図上で想定される浸水深を確認できます.洪水(計画規模)と洪水(想定最大規模)の両方を見ることをおススメします.


岐阜大学流域圏科学研究センター 原田守啓 (2019/10/14 16:30)